気休めの石2 中忍試験が終わり7班は解体された。 私達は…サスケ君とナルトと私は顔を合わせることもなくなった。 私はしばらくカカシ先生の下に付いていたけれど、何度目かで中忍試験に受かりカカシ先生とも会わなくなった。 時折、任務の報告に行った先でイルカ先生から三人のことを聞くことがあるくらい。 カカシ先生は相変わらず遅刻癖が直らなくって、サスケ君は今度は上忍試験に挑戦するらしい、二人のことを話した後、イルカ先生は嬉しそうな顔でナルトの話をしだす。本当に嬉しそうに、あいつは成長したよ、と。里の間でも有名になっていた。もう誰もナルトのことを馬鹿にするような人はいなかった。 そんな話を聞きながら私は無意識のうちにポケットに手を入れていた。底の方にある小さな丸い石。冷たい感触にはっとなり、イルカ先生を見る。先生は、どうしたんだ?と不思議そうな顔で私を見ていた。何でもない、と首を振り、遅くなるからと下手な言い訳をしてその場を後にした。 変な風に思われただろうな。でもあのまま先生の話を聞いていられなかった。 元から時限の違う人達だということは判っていたけれど。遠ざかっていく背中をただ見てるしか出来なかった自分への苛立ち。 それでも波の国での私は確かに彼らの仲間であったと、この石を見るたびに思い出して。 けれど、そんな自分が情けなくて何度も何度も捨てようとした。 小さな石を掌に握り込む。拳を振り上げ指を開こうとするのだけれど、どうしても出来なかった。 彼らはとっくに私のことなど忘れているだろう。そんなことは判ってる。でも、この石がなくなったら私と彼らの糸は本当に切れてしまうのかもしれない。 馬鹿馬鹿しい思い込みだと判っているけれど。 ある日の任務の帰り、里の入口付近で仕留めそこなった残党に襲われた。 こちらには怪我人がいた。後は私に任せて貰い怪我人を先に里へ連れていくよう頼んだ。 向こうは手負いの忍びが一人。物の数分もしないうちに敵は私の足元に倒れ伏した。死体の処理をしようと近づいた時、カチと音がして死体が弾ける。軽い衝撃を受けたが怪我はなかった。 いつもと同じように報告書を出しにイルカ先生の所へ行く。 人の良い先生は私が喜ぶと思っていつもと同じように彼らの話をする。 そして私はいつもと同じようにポケットに手を入れた。いつもならあたる冷たい小さな感触がなかった。 背中から冷たい物が這い上がってくるような感覚。 あの石がなくなっていた。 イルカ先生の話に軽く相槌を打っていた私が急に押し黙ったので先生は不審がって顔をあげた。 先生は驚いた顔で私を見つめた。 サクラ…どうした?青い顔してるぞ。 先生の言葉に曖昧に頷いて、先生私用事が出来たから、と叫んで部屋を後にする。 きっとあそこだ。さっき残党に襲われた。あの時落としたのだ。 駆け足でその場を目指しながらも私は頭の中で自問自答していた。 その場に行ってどうするの?見つけだせるわけないのに。そもそも見つけだしてどうするの?ただポケットの中に入れていた小さな石。ただそれだけの存在なのに? それでも私はその場所を目指して走っていた。 数分もしないうちにそこについた。鬱蒼と茂る草木に憂鬱になりながら、先程敵が自爆した跡を見つける。この辺りだ…。私は膝をついて地面を探った。雑草の葉に小さな傷をつけられながら必死になって小さな石を探した。探しながらも判っていた。見つかるわけはないと。それでも探さずにいられなかった。 似たような小さな石をいくつか見つけた。でも感覚で違うと判る。それほど…あの石の感触を鮮明に思い出せるほど自分はその存在を刻み付けていたのだ。 突然後ろの草むらからがさりと音がする。私は木を背してクナイを手に持ち身構えた。どくんと心臓が跳ねる。ゆっくりと人が近付いてくる気配。その気配にふと懐かしさを感じて私は目の前に構えていたクナイを下ろした。 あれ…?サクラちゃん…? 草むらから現れたのはナルトだった。 突然の懐かしい顔に驚きつつもその変わらない物言いにふと緊張が途切れる。 私は笑って何か話そうとした。でも何を話せばいいのか判らなかった。気まずい面持ちでナルトを見るとナルトは複雑そうな顔で私の手を見ていた。つられて私も自分の手を見る。小さな擦り傷がたくさんついていた。 あ…、これは…。と、私は何か上手い言い訳を言おうとした。けれど私が何かを言う前にナルトは私の言葉を遮り言った。 何か大事な物探してるんだね?オレ、手伝うよ。 そう言いながらナルトは腕まくりをして膝をついた。 どんな物を探してるの? ナルトは地面を見ながら言った。 私はぎゅっと手を握りしめて絞り出すように口を開いた。 …大した物じゃないの…。とても小さい物…。 そこで私は言葉を詰まらせた。そしてゆっくりと言葉を続けた。 でも…私にとっては大切な物なの…。 ナルトが私を振り返る。 ナルトは立ち上がって私の側に来た。手を差し伸べようとして躊躇している。 私は淡々と続けた。 でもね…本当に小さい物だから、きっと見つからない。 ナルトの顔がぼやけて見えた。私は泣いていた。 サクラちゃん…。 ナルトが私の肩に手を置く。その手は以前より大きくて、そして温かかった。 私は何故かほっとして、いいの、と呟いた。 もう、いいの。 そう言った私の肩を掴んでナルトは苦しそうに言った。 良くないよ…、そんな傷だらけの手をして、余程大事な物なんだろ? そんなナルトの言葉に私はあることを思い出してふっと笑った。 ナルトも自分の台詞に思い当たることがあったのか動きが止まった。 この言葉…オレ、サクラちゃんに言われたことがある。 私は何故だか可笑しくってくすくす笑いながら、覚えてたの?と言った。 うん。ナルトはそう言いながらベストの前をはだけて首にかかっていたペンダントを取り出した。 私は信じられない物を見るような目でそれを見ていた。 ほら、この石。オレ一回サクラちゃんに貰ったのになくしちゃって、もう一個サクラちゃんに貰ったんだよ。 ナルトはペンダントを手のひらに置いて私に見せた。 今度はなくさないようにペンダントにしたんだ。 そして大事そうにそのペンダントをまた首にかける。 私は顔があげられなくて地面を見つめながらナルトに言った。 まだ…持ってたんだ…。 ナルトは当たり前のように言った。 うん、だってサクラちゃんに初めて貰った物だから。 その言葉は本当に嬉しそうに聞こえて、私は溢れてくる涙を止めることが出来なかった。 後日、私はイルカ先生からあることを聞いた。 先生が私に会うたびにナルト達のことを話していたのは、彼らに頼まれてのことだったという。 あいつらも俺に会うたびにサクラの話を聞きたがってた。 そう言ってイルカ先生は人の良さそうな顔で笑った。 もうあの石は必要ないのだ。 手を伸ばせば私の仲間はいつでもそこで待っていてくれる。 任務の報告を終えて部屋の外に出るとナルトが待っていた。 照れくさそうな顔をして私に手を差し伸べる。 一緒に帰ろう。サクラちゃん。 私は微笑んでその手を取る。 うん、帰ろう…。 |