逆光の中で



 物心が付いた頃からオレの世話は近所の大人達が代わる代わるやっていた。食事を作ってくれたり、掃除や洗濯、日常生活のほとんどを彼らの手に委ねていた。
 彼らは皆優しかったが、気になることもあった。彼らはオレの家に来ても絶対にオレと目を合わせたり、オレに触れたりはしなかった。
 そんなオレと彼らのやりとりを遠巻きに眺めている人間もいた。そいつらはオレに優しくしている人達の事を「ギゼンシャ」だと言っていた。「ギゼンシャ」って言うのは悪いことなのだろうか。オレを見て眉をひそめる大人達より、家に来て食事を作ってくれる彼らといる方が居心地がいいのだけれど。
 数年後「ギゼンシャ」は「偽善者」と書くのだと知った。オレは次第に彼らといると息苦しく感じるようになった。
 一通り身の回りのことが出来るようになったオレは今まで世話をしてくれてた人達に「もう大丈夫だ」と言って、もう来なくてもいいことを告げた。彼らは何か言いたそうにしながらも、どこかほっとした様子でオレの家を後にした。
 自分で沸かしたお湯で初めて作ったカップラーメンは何だか味がしなくて困ってしまった。

 しばらくして忍者学校に入ったオレはそこでイルカ先生と会った。イルカ先生は今まで会った大人達の誰とも似てない目でオレを見た。悲しそうな、困ったような顔だ。それがどうしてなのか判らなかったけれど、イルカ先生の側は居心地が良かった。
 イルカ先生の奢りで初めて店のラーメンを食べた。それは家で一人で食べる物よりも百倍くらいおいしくて夢中で一気に食べてしまった。「おいおい、そんなにがっつくなよ」とイルカ先生は笑いながら言った。「だってすっげー旨いってばよ!」残ったスープを飲み干して、イルカ先生を見ながらオレは言った。「家で食べる奴と何でこんなに違うのかなあ」イルカ先生の呆れたような「そりゃ、お前店のラーメンと一緒に…」という言葉とオレの「二人で食べてるからかな?それとも奢りだから?」という言葉が重なった。
 イルカ先生は一瞬真面目な顔になって、その後ふっと笑った。「また…奢ってやろうか?」照れたように頬をかきながらそう言ったイルカ先生にオレは満面の笑みを向けた。
 アカデミーに入ったオレは同年代の子供と遊ぶことも増えた。彼らと遊んだりふざけあったりしているのは楽しかった。
 けれど、その頃オレは日が暮れるのが怖くなっていった。
 一人、二人と家に帰って行く子供達。
 オレは「また明日」という声を聞きながらアカデミーの側にあったブランコに乗って伸びていく自分の影を見つめていることしか出来なかった。

 時々彼らに向かって叫びそうになる。

「置いていかないで」

 暗闇の中で手を伸ばしていた。訳もなく悲しくて、けれど涙は出なくて。やがてそれは怒りに変わっていく。
 オレの中に凶暴な何かがいることを知った。
 思えば皆これに恐怖していたのだ。
 この世の全てが憎くて感情が爆発しそうになる。
 その時、伸ばした手の先に何か温かい物が触れた。

 オレはゆっくりと目を開ける…。
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