BONUS-TRACK
-- even better than the real thing --
人の波をかき分ける、どころか一歩間違えばなぎ倒すような勢いで、走って走って走った末に辿り着いた場所には。
見回して探すまでもなく、待ち人の姿はなかった。
「───そりゃそうか…」
ロータリーの中心にそびえる時計塔を見上げて呟く。まもなく9時を回ろうかという位置の時針に、走ってきたせいだけではなく、深い深い吐息を吐き出して。
失敗した。大失態だ。
気の長いほうじゃない若島津だが、彼でなくたってそりゃ、1時間は待つまい、と思う。
あまつさえ、呼び出したのも時間を決めたのも若林のほうなのだから、10分やそこらの遅刻だって充分に責められて然るべきであって。
もう一度深く息を吐き、時計を見やり、身体を起こす。
ぼんやりしてる場合じゃない。
「…追いつける、か…?」
ひとりごちるが、当然その可能性がゼロ以下であることは判りきっている。おそらく若島津はかなり早い段階で見切りをつけて帰ってしまっただろうし、だとすればすでに寮に帰り着いてしまっているかもしれない。
それでも、こうしちゃいられないことだけは、確かだ。
フォローなしで放っておいたりしたら、見捨てられても文句は言えない。
「最悪、寮から引きずり出すか」
不穏な方策を練りながら、身を翻し、大股に駅構内に戻る。
───いや、戻ろうとしたのだが。
「…ぁ………れ?」
「…───遅かったな」
振り返ったすぐ先に、奇妙なほどに澄ましかえった顔を見いだして。
しばらく、言葉を失った。
ジーンズのポケットに片手を突っ込んで、少し首を傾げた姿勢で、若島津は特に何ということもない普通の目つきでこちらを見ている。
腹を立てているようにも見えない。───しいて言えば、いくらか皮肉っぽい、呆れたような色がないではなかったが、それも含めて。
いつもの、若島津の顔だ。
「若林?」
呆然と相手を見詰めて立ち竦んでいる若林を訝しんだのか、若島津が口を開いた。
「…おい、」
言葉が出ないまま、一歩を詰めた。ずっと見ていなかった顔が手を伸ばせば届く距離にあって、口より先に身体が動く。
掴んだ肩は自分とそれほど高さは変わらず、でもかなり薄い。そんな感触も、覚えているものとまったく変わっていなくて。
「───会いたかった」
その肩に自分の額を押し付けて、ようやく呟いたのはそんな一言。
虚を突かれたかのような些かの間をおいて、頭上にはやがて、くく、と短く苦笑を零す声が降った。
その笑いさえ、どこか柔らかい響きに聞こえたのは、若林の思い込みのせいだっただろうか。
有無を言わせず引きはがされたのはそのたった3秒後。
もちろん、駅前ロータリーなんて公共の場である以上、文句を言える余地は若林にもない。ないのだが、たかたが両肩を掴んでそこに額を乗せている程度の接触なのだから、もうしばらくくらい大目に見てくれてもいいのに、とも思わないでもなかったり。
しかも久々の再会なんだし、とも付け加えてみたり。
とはいえそんなことを口に出そうものなら、せっかく会えた相手が即座に踵を返して帰ってしまいかねないことも、若林は承知していたので、大人しく離れると若島津を促して歩き始める。
「…とっくに帰っちまったかと思った。…待っててくれたのか」
しみじみと息を吐いて若林がそう言うと、若島津はひょい、と肩を竦めて応じた。
「いや、今来た」
「…マジかよ?!」
「嘘だ」
しれっと返してくる若島津の涼しい顔を横から見詰めて、若林はがっくりと肩を落として。
「……待たせて悪かったな」
「ああ、本当は10分で帰ったんだけどな」
当然のように頷いて、若島津はほんの少し唇の端を上げた。
「途中で捕まったんだ」
「…はぁ?」
「ついでだから駅ビルの本屋に寄ってて、ついさっきあっち側のロータリーからバス乗ろうと思って待ってる時に、な。アイツらが偶然」
「アイツらって…」
聞き返すまでもなくそれは、若林の大遅刻の原因になった3人組のことに違いない。あっけにとられて絶句した若林を気にする様子もなく、若島津は淡々と言葉を続ける。
「ちょうどいいからお前の悪口でも吹き込もうかと思ったら、『もしかして若林さんと約束してたか?!』ってすごい勢いで」
声真似はどうやら井沢の口調だろうか。3人の焦った顔が容易に想像できて、若林は少々いたたまれない気分になった。
「そうだっつったら、『頼むから戻ってくれ』って無理やりバス停から引きずり出された」
「…そうか…」
有り難いような、困ってしまうような。
いや、やはりここは感謝しておくべきなのだろう。約束を放棄するという不義理を若林に働かせないために、必死になって若島津を引き留めたのだろうから。
ただ、次に会ったとき、『どうして静岡に連絡もしてないのに若島津にだけは会う約束までしているのか』などと追及されないことを祈りたい気はするが。
「…アイツらもあれで結構いろいろ溜め込んでるらしくてなー、…話し始めると止まんねーんだ」
大遅刻した手前、そんなことを言い訳がましく言うのはあまり気が進まない。ぼそぼそと事情を話しながら、さっきまでの3人とのやり取りを思い出す。
井沢が部長会議をしょっちゅうサボる、だの、滝が練習メニューにいちいちケチをつける、だの、来生が部室のロッカーを掃除しない、だの、その他にもいちいち覚えていられないくらいの不満、というよりは告げ口に近い話を聞かされて、いちいちその本人を窘めたりするのは、まあ、彼らのチームのキャプテンだった頃を思えば、偶のことだし大した面倒ではなかったのだけれど。
ふいに視線をやった店内の時計が、9時半過ぎを指しているのに気付いたときには、はっきり言って、心臓が停まりそうになった。
次の瞬間、『約束があんだ、じゃあな!!』と慌ただしく立ち上がった若林を、話の腰をぽっきりと折られた3人はぽかんとあっけにとられた顔で見送っていたが。
「…ったく、オレはいつまでもキャプテンじゃねえっつーのに。───つい聞いちまうオレもオレだけどな」
愚痴っぽく呟いた若林の台詞に、若島津が喉の奥で短く笑った。
「……お前のそういうところは、嫌いじゃない」
返された言葉は、やはり淡々としていて、若林は一瞬、意味が取りきれずにまじまじと若島津を眺めてしまう。
鼓膜と脳がはっきり繋がるまで、また約3秒。
「うぉ、お前今何言った…!!」
がっし、と再び肩を引き留めて、こちらを振り向かせた。若林を見るその表情は相変わらずの素っ気ない澄まし顔だけれど。
今、耳にした言葉は空耳ではないはずだ。
「さぁな」
それでようやく、いまだに微かに残っていた緊張が解けるのを若林は感じた。
何だ、怒ってないんじゃん。うだうだ弁解したのは、みっともないだけだったか? ───まあ、弁解もせずに大きな顔をしていたら、新たな怒りを買っただろうから、そのくらいならみっともない姿を晒すほうがまだマシ、ではあるが。
そんなコトをつらつら考える若林に、ぱしんと肩に乗せられた手を払いのけて、若島津が言い放つ。
「でもオレを待たせたことには変わりないから、お前にはペナルティな」
「…ペナルティって…どんな?」
「それはこれから考える」
言って、若島津はまたすたすたと歩いていく。目的地は若林が彼を呼び出すときにいつも使っている落ち着いた雰囲気のダイニングカフェだが、おそらくそこの一番高価いメニューを奢る程度では済まされないだろう、と若林は少々気が重くなるのを自覚しながら彼の後を追った。
こういうときの若島津は、決して容赦というものをしないのだ。的確に、こちらの一番こたえるところを突いてくる。
「…あんまり厳しくないのにしてくれ」
「それじゃペナルティにならないだろ。──そうだな…、」
考えを巡らせるように首を傾げて、隣に並んだ若林をちらりと見やり。
「しばらく、シカトするってのはどうかな」
「…ああ?」
「電話にもでないし、メールも読まない。もちろん、こっちからの連絡もナシ」
「…───」
眉根をきつく寄せて、若林は彼の横顔を窺う。
───本気だ。こいつ本気だよ。
こいつから連絡、ってのはもともと皆無に近いから何の変わりもないとしても、問題は。
「…生殺しかよ…」
思わず漏らした若林に、若島津が愉快そうに笑う。
「……いつまで?」
「そーだな、半年くらい?」
「勘弁してくれ……」
考えただけで気が遠くなる。冗談じゃない、という抗議をあっさりと受け流して、若島津は「もう決まり」と言い放った。
若島津が、一度口にしたことは決して撤回したりしないことなど、よくよく知り尽くしていて。
この場合、誰を恨むのが筋なのだろう。ぺらぺらと喋り倒し続けた3人組か、それともそれに付き合って時間を確認することさえ忘れていた自分か。あるいは、無情な判決を下した若島津本人か。
「───1カ月が限度だな、オレは……」
とりあえず彼の言うペナルティは、甘んじて受けざるを得ないだろうけれど。
限界超えたら、自分はおそらく、電話もメールもすっ飛ばして、直接若島津の居る場所に乗り込むだろう、と思う。
「精神修行だと思って、精進しろよ」
答える若島津が、そういえば『会いに来ても会わない』とは言わなかったことに気付いて、若林も内心で少し笑った。
END./- even better than the real thing -/
------------------- 2002.11.1./SUZUKAWA Hiroki/
あれ? 思ったよりラブだったな。…びっくり。
これは一応、源健同盟…もとい、若若同盟設立記念ssということで。
皆さまのご感想などお聞かせ願えると喜びます……。 (鈴川)