BONUS-TRACK
-- even better than the real thing --
呼び出しはたいていいつも、唐突だ。
呼び出す本人がそう思っているくらいだから、呼び出されるほうはもっとそう感じているのだろう。指定した場所に現れるときの相手は、いつだって少しだけ不機嫌な目でこちらを見る。
それでも、待ちぼうけを食わされたことは、まだ一度もない。
『じゃあ、今夜出て来いよ。F─駅の東口に、8時な』
『───って。何勝手に決めてんだ』
『今日明日、休養日だってのは知ってんだぜ?』
『……。余計な情報流してんのがいるな…』
学校での予定を口実に断られては敵わないと、先回りして逃げ道を塞いだ若林に、電話の向こうの相手は腹立たしげに呟いたあと沈黙した。
ふくれっ面の相手の表情を想像して、ひとしきり内心で笑ってから、たたみかけるように。
『8時に待ってる。来るよな?』
『…お前、俺の予定とか考えたことないだろ…』
『外泊届け出してこい、とまでは言わないからさ。───顔、見たいだけなんだ』
『……───』
半分嘘で、半分本気の若林の言葉に、返されたのは呆れたような溜め息だった。
顔が見られただけで満足だなんて、一昔前の純情少年みたいなことを、本心から思っているわけじゃない。
だけど、半分は嘘ではないのだ。あまりに離れたお互いの生活環境、何か特別なこと──例えば代表の招集だとか──でもない限りゆっくり顔を合わせる機会もない相手に、こんな感情を抱いている以上は。
呼び出して、逢うことができる近さにいるこんな時間を、無駄に過ごすくらいなら。たとえ数時間だけでも、顔を見て声を聞くだけでも、できないよりはずっとマシだと思う。
もちろん、それ以上のことができるなら、それに越したことはないけれども。
でも多分、そんなことをほのめかしたりすれば、相手は呼び出しに応じて出てきてもくれないだろう。それくらいなら、門限までのほんの何時間かだけ、と最初から予防線を張っておくほうがまだいい。その程度の譲歩なら、たいしたことじゃない。
だから、───早く会いたい。
そんなふうに、思っていたから。自覚しているよりも、自分は焦っていたのだろうか。
自分で指定した駅で電車を降りたとき、腕時計が示していた時刻はまだ7時前だった。
「───気が早すぎだろ、オレ……」
あまりの浮かれっぷりにもう笑うしかない、という感じだ。いくら会うのも久々だからって、初めてのデートに臨む中学生でもあるまいに。
ひとしきり内心で自嘲を零しつつ、改札を抜けて駅前へ出た。若島津に言った東口ではなく、反対側の西口。
若島津が約束の時間より早く来るなんてことはまず有り得ないが、念のため。
早く来すぎて時間をつぶしているところなんて、見られたい姿ではない。
週末の夕刻の駅前は、それなりに賑わっていた。都心からはほんの少し外れた私鉄の主要駅のひとつ、ロータリーを囲むように並んだビルには、飲食店や居酒屋の類いが目立つ。カラフルなガラス窓を見上げながら少し歩いて、若林は目についたファーストフードの入り口に足を踏み入れた。
思えば、その選択が間違いだったのだ。
その店に入ったことに、意味はなかった。1時間ほどつぶせればそれでいいのだから、世界中どこに行っても同じ不味さのコーヒーでも別に構いやしない、という、ただそれだけのことで。
けれどそれなら、そこではなくせめて、その隣のコーヒーショップにしておくべきだった。なにも、学校帰りの学生でごった返すハンバーガーチェーンに入らなくても。
しかし偶然というのは、えてしてそういうもので。
「───あぁーー! 若林さん!!」
隣のレジカウンターに並んだ学ランの一人が振り向いてそう叫んだときにも、若林はまだ、その選択を後悔することになるとは思っていなかったのだった。
「日本に帰ってるなら連絡くらいくれてもいいじゃないっスかー、若林さん」
ハンバーガーに齧り付きながらの滝の言葉に、残りの二人がうんうん、と頷いた。
3階席の一番奥、ボックス型になったテーブルを4人で囲んでいる。久々の再会に3人の元チームメイトたちはかなり浮かれていて、けれど大声で騒いだりはしないように時々お互いに戒めているのは、若林が余計な注目を集めないようにという配慮だろうか。
まあ、最近は日本でもブンデスリーガの試合が放映されたりもするらしいから、無益な気配りとも言えないのかもしれない。
「静岡には明日にでも戻るつもりだったんだ。長い休暇じゃないんだけどな」
苦笑して言った若林に、じゃあオレたちかなりラッキーでしたね、と来生が笑った。
「オレたち、今日はF−高と練習試合だったんですよ」
「他の連中もさっさと帰んないで残ってりゃ、若林さんに会えたのになあ」
なるほど、それはすごい偶然だ。感心して、若林はコーヒーを啜りながら応じた。
「勝ったのか?」
「そりゃもちろん! でも若林さん聞いてくださいよ、コイツときたら今日の試合中に…」
「あッ! 言うなよ滝!!」
焦って滝の口を両手で塞ごうとする井沢を横目に、来生が代わって言うことには、
「こっちのクリアボールをインターセプトしやがったんですよ、間違えて」
「そう! それでキープしてりゃまだしも、あっさり取り返されて得点ですよ。信じられます?」
「てっめェ、んなこと言ったら先月のN−高戦のときは…」
井沢が目付きも悪く二人を睨んで、唸るように言い返した。そのまま失態プレーの暴露大会に突入した3人を、相変わらずなヤツらだな、と呆れるような楽しいような気分で眺めながら。
帰って来たんだな、と実感したりする。
ずっと昔、というほどの時間ではないけれど。この3人とチームメイトだった頃は、毎日のようにこんなやり取りを見ていた。『聞いてくださいよ若林さんっ』と飛びついて来られれば、条件反射みたいに3人を見回して。
『今度はどうした?』なんて、話を聞いてやる態勢になってしまったりする。
「ったく、相変わらずだよな、お前ら」
自分もな、と自らに突っ込みを付け加えつつの若林の呟きに、3人が一斉に振り返った。
「そーなんですよ若林さんっ、…」
「聞ーてくださいよコイツなんかねえ…ッ」
「お前ら黙れっ、俺が先に…」
三人三様異口同音に。
そんな勢いも、若林を反射的に頷かせてしまった要因のひとつだったか。
───その時、若林はちらりとでも時計に目をやるべきだったのだ。こいつらの話を真面目に聞いてやったりすれば、短い時間で収拾がつくはずがないことなど、判り切っていたのだから。
その不覚に若林が血の気の引く思いを味合わされるのは、それから約1時間半後のことになる。
to be continued./- even better than the real thing -/
------------------- 2002.11.1./SUZUKAWA Hiroki/